雑記屋さん

全て個人の見解ってウワサ

リーダーの評価ってなんだろう

とってもご無沙汰になってしまいました。

6月もちょうど折り返し地点を過ぎたあたり。

1年のおよそ半分がもう終わったと考えると、あまりの早さに焦ります。

 

さて、お仕事の話ですが、僕自身はこの4月から5年目となり、

会社内の年次で見てみると中堅の領域に足を突っ込み始めたくらいになりました。

リーダーとして、メンバーを持ちながら業務に携わり始めて1年半程が経ちましたが、その中でずっとモヤモヤしていたことがあります。

 

今回はそのお話。

 

まず、大前提としてリーダーの役割には、大きく2種類あると考えています。

1つめは、主にチームビルディングをメインとしたリーダー

ドラクエでいうと、プレーヤー自身がそれにあたります。

 攻略に向けて、色々とチーム編成やアイテム編成を考える辺りが似ていますね。

 僕はドラクエ3ではいつもエロと診断されていました。(わかる方います?)

2つめは、主にプロフェッショナルとして特化したリーダー

ドラクエでいうと、勇者やバトルマスター、賢者がそれにあたります。

 ある特定分野に特化したスペシャリストで、個の強さが際立つ方のことですね。

 

大きくは、この2種類に分けられるんじゃないかと思います。

 

さて、ここからが戦術したモヤモヤの部分なんですが、

リーダーの評価(またはアウトプット)ってなに?

ということです。

 

リーダーとは言え、自分がメインを張る案件はまだ複数持っています。

ですが、案件を回していることが評価に直結していた頃と比較すると、

いささか評価軸そのものが変わってきたように感じています。

 

評価が案件ではないとなると、それでは何になるのか。

 

 僕自身は、先ほど述べたリーダーの種類でいうと1つめに該当します。

すなわち、チームビルディングを中心としたリーダーとしての意見となりますが

リーダーの評価は、イコール、リーダーが持つチームメンバーの評価ではないかと最近考えるようになりました。

 

リーダーは、時にメンバーに対して指示出しや方向性決め、軌道修正や意見、

モチベーションコントロール等を行うことがあります。(他にもたくさんありますが)

ちょっと前まで僕は、これが評価(アウトプット)だと思い込んでいました。

ただ、変な話、いくら上記内容をやったところで、評価は全然上がりませんでした。

僕が評価(アウトプット)だと思い込んでいた部分は、ただ"やるべきこと"であり、

そこがチームに浸透しチームが成果を出して初めて評価に繋がるんだろうなと、

今ではそう思うようになりました。

 

改めて、チームビルディングをしているのであれば、

そのチームが出した成果がリーダーの評価に繋がると、今はそう思っています。

別に、メンバーの手柄を横取りするとかではありません。

メンバーが出した成果は、もちろんその子が評価されて然るべき話です。

僕が言いたいことは、例えば野球で言うと、

"監督"が最終的な評価対象になっているということです。

接戦をものにして勝利すれば「監督の采配、ズバリ的中!」

何連敗もすれば「重い監督責任。シーズン中に退任の可能性浮上」

このようなニュース、一度は目にした方も多いはず。

 

さて、長くなってきたので、再掲ですがまとめると

リーダーには大きく2種類があり、それは

主にチームビルディングをメインとしたリーダー

主にプロフェッショナルとして特化したリーダーの2つ。

リーダーの評価はリーダーが持つチームメンバーの評価。

付け加えると、プロフェッショナルの場合は、チームメンバーというよりは

所属組織全体の評価が、それに該当するのではないかと思っています。

 

とまぁ、こういうことなんじゃないかなぁと気づいたものの

ここから先が本当に大変なわけで、ヒーヒー言いながら毎日過ごしてます。

大変ですが、大変だからこそやりがいを感じているような日々です。

 

イエスというリスク

今日から4月ですね。新年度です。

僕個人としては、今年で27歳になるわけですが、昔思い描いていたような

"大人の男性"にはなれませんでした。

いまだに、"おっぱい"とか"おちんちん"とかの単語だけで盛り上がれます。最低ですね。

 

さて、新年度ということで、環境が大きくかわる人もいるでしょう。

高校3年生から大学1年生へ。大学4年生から社会人1年生へ。などなど、、

 

今回のタイトルは、わかりやすく1年生を例えに進めていきたいと思います。

とっても単純な話でいうと、先輩に言われたことに対して、1年生だと「No!」と言いにくいですよね。

あるいは、先輩の言うことなんだからやらなくてはいけない、、!と言った義務感のようなものを感じる方もいるでしょう。

僕なんかは、人にお願いをするとき「イエスか、はいか、喜んで!で答えてね」と前置きしてから話始めることがあります。(無論、冗談ですが)

 

先輩やお客様(クライアント様など含む)に言われたことに対してって、「No」と言いにくいため、ついつい「Yes」と言いがちだと思います。

ここで少し考えてみましょう

 

そうすると、何かに「Yes」と言う場合、必ず何かに「No」と言っているということがわかると思います。

 

とても極端な例で言うと、「休日だけど出勤してくれる?」と言われた際に、

「Yes」と答えると、"自分のための休日の時間"がなくなりますよね?

それがここでいうところの「No」にあたります。

あとは、それぞれが自身の経験を思い返してみれば、心当たりの1つや2つくらいはあるかもしれませんね。

 

今でこそあまり聞かなくなりましたが、何でもはいはい言う人を"イエスマン"と

呼ぶことがあります。頼む側からしたら、イエスマンはさぞ便利な人でしょうが、

イエスマン本人は、「Yes」ということが、自分の首を自分で絞める恐れがあることを自覚しておいた方が良いでしょう。

 

ただ、これは全ての事象に対してというよりも、冷静な判断が下せなくなりかけているような状況の時こそ、気をつけた方が良いでしょうという程度の話です。

 

また、今までの内容に付随して、勇気を持って「No」を言うことも時には必要だと考えています。

なぜなら依頼をしてくる側が、必ずしも正しいことを言っているとも限らないからです。

そういったとき、「No」とした上で、正しい方向に導いてあげることも、また大切ではないでしょうか。

 

実際に、そうした場面に遭遇してみないとピンとこないかもしれないですね。

Yes / Noは用法用量を守って、正しく使用していきましょう。

 

悪魔の証明

悪魔の証明という言葉を聞いたことがありますか?

厨二心をくすぐりますよね悪魔って単語。くすぐりませんか?そうですか残念。

 

悪魔の証明とは、証明することが非常に困難な事象を証明することです。

「できる」を証明するのには1例を挙げれば良いだけですが、「できない」を証明するのにはありとあらゆる事実や可能性を挙げなくてはなりませんよね?

 

例えば、社会人らしくお仕事の話で例えると

案件を振られた際、「できない」ことを物理的に証明することは中々難しいと感じるでしょう。

経験値が、、リソースが、、時間が足りない、、等、挙げてはみても、それが「できない」ことに繋がるケースは、その実そんなに多くはないのではないかと思います。

 

これは個人的な考えですが、人が大きく成長する時は、この悪魔の証明が少なからず関係してくるんじゃないかなと思っています。

 

僕の体験で話すと、3年目の夏が分岐点でした。

あるクライアント様が「2週間で1億円使うから!クリエイティブたくさん作ってね!」的なノリで与件が発生したことが全ての始まりです。

当時、所謂クリエイティブディレクターに転身して半年程の僕は「いやいやいやいやいやいやいやいやいや(以降エンドレス)」とかなり逃げ腰でした。

 

それこそ、できない理由を色々考えてみたのですが、これが驚くほどに思いつかなかったんですよね。

(規模は小さいですが、ここで書いている"悪魔の証明"をしようとしていたということです。)

今振り返ると、結局、自信がないから逃げたかっただけだったんでしょう。

 

この件に関しては、当時上司だった方々の援助もあり、且つ、家族旅行中もフルで仕事をすることでなんとか乗り切りました。

 

この1件が、自分にとっての成長のキッカケでした。

ちょっと長くなりましたが、まとめてみると

「挑戦しない」という結論にはなかなか至れない

悪魔の証明は証明できないことが多いものです

「挑戦しよう」という姿勢を見せると協力者が現れる

→覚悟を決めると、周囲も支援してくれます(きっと)

「挑戦する」と漏れなく成長できる

→やったね!

 

とりあえずやってみれば良いんだと思います。

ミスっても命までは取られないんですから。

今は、リスク回避は却ってリスクになる、という前提のもと仕事をしています。

 

もう金曜日ですね。お酒でも飲みに行きましょう。

 

任せるということ

この案件を任せようと思うんだよね。

 

仮にこう言われたとします。

この時、文面上では案件を任されるだけに見えますが

その実、シレッと責任まで任されていることが多いです。

 

これは任せる側にも任せられる側にも当てはまるお話。

 

まず、任せる側の方へのお願い

是非、責任を持たせるような振り方をしてください。

責任のない仕事は、"仕事"ではなく"お手伝い"か"作業"でしかありません。

これは、任された側を思考停止に追い込むだけでなく、機械にするだけです。

 

続いて、任せられる側へのお願い

例えば、幾つも仕事を振られたとしましょう。

もしかしたら、それは期待してのことかもしれませんし、

人が足らないから振っただけかもしれません。

ただ、振られた以上は、責任まで任されたと思って取り組んでみてください。

 

ここまで書いてきて、結局何が言いたいかというと

何かを任せるということは、責任もセットで預けるということ

何かを任せられるということは、責任もセットだと考えること

これができれば、多分きっと恐らくもしかしたら上も下も伸びると思います。

 

上に立つ人は、下の尻拭いは俺が(私が)やるぜ!とドンと構えていれば良いし、下の人は、とにかく自分が良いと思った最良の策を考えて実行すれば良いんです。きっと。

 

そろそろ新入社員が入ってくる季節ですね。

きっと、最初に任せるのは作業やお手伝いでしょう。

そこから"案件を任せる"フェーズになった時、どう化けるかが楽しみですね。

 

それでは、眠いので寝ます。おやすみなさい。